昭和55年03月26日 朝の御理解
御理解 第92節
「神は一体じゃによって、此方の広前へ参ったからというて、別に違うところはない。あそこではおかげを受けられたけれど、ここではおかげが受けられぬというのは、守り守りの力によって神のひれいが違うのぞ。神の守りをしておれば、諸事に身を慎み、朝寝をしてはならぬ。早く起きると遅く起きるとは、氏子が参詣の早い遅いにかかわるぞ。」
神のひれいが違うと。神のひれいが違うというのはどういうことかというと、打てば響くと言う様な風に申しますよね。ひれいの立つところはやはり、打てば響くような働きというものが起こって来る。おかげを受けるとか受けないとかというのじゃない。おかげもまた発展してきましょうけれども、打てば響くようにそこに神様の働きを感じる事が出来る。神のひれいに浴するということ、だからこちらの心もやはり打てば響くような心の状態をいつも頂いとかなければいけません。
昨日聞きました話ですけども、もうどうしたなら合楽合楽かと言うて行くかと。合楽はもうこれ以上の悪言雑言があるだろうかと言う様なののしられた。そしてもう合楽の御比礼はもう時間の問題だと、まぁ決め付けられたという話を、昨日若先生が聞いてここでお届けをするんです。人の口をもって神が語るということを頂きました。これは若先生あの笑い事で済まされる事じゃ無いよと、本当にねその先生の口を借って神様が、合楽に大警鐘を乱打しておって下さるような気がする。
というて私がここ最近もう二十日あまり風邪を引いて、まぁこんなぐずぐずしておりますが、もう今度の風邪ばかりは、私はもう初めてこんな風邪を引いたが、毎日毎日ひどくなっていくとが分かるんです。もうここ一週間あまりというものは、もういよいよ熱があの日に二回ぐらい出て、もうとにかくまぁきついんですよね。それで朝の御用だけ終わって、まぁそのまま休ませて頂く訳ですけれども。
その後を例えば四人の息子がおりますから、四人の兄弟達がそれこそ士農工商と、神様がある意味においての期待をおいておられるのだからね、四人の子供達が、四人で親先生一人前ぐらいはと言った様な意気で、例えば向こうたらここの御比礼は落ちる事はないんですけれども、勝彦さんこの先生方が毎日、正奉仕の人が御用ずっと今日は、どれだけの御届け数があってその日のいろんな事が、これに毎日これをみて見なさい。もう普通が大体千名前後です。
月次祭が二千名ちょっとという、これはまぁ段々おかげ、段々勿論おかげ頂いていかなきゃなりませんけど、現在ではそうなんです。それが毎日百名づつぐらい減っていくんです。親先生が昼出てござらんと知らん人達ですからね参ってくるのは。それでもね言わば神様の比礼と、ここに子供達に何かを神様が分からして下さらずにはおかんという働きが、起こって居ると私は感じたんですけれども、お初穂なんかはここではね、今毎日七十万がなからなきゃここ合楽は立ち行かんですよ。
勿論ご建築があってますから銀行の支払い、しかし合楽の神様ちゃたいした神様ですよね。二千万以上の毎日毎月ここでお下がりがなからな、それが誰それがお供えした、誰それお供えしなさいということなしに、誰がどうしてどうい言う風なっていっとるか分らんけれども、それだけのおかげを現在頂いて居るんです。それがですね段々減って行くんです。もう昨日なんかは十何万台になったんです。もうそれこそ大赤字ですよね。だから私はそれを若先生に話しましてね、兄弟で話し合いなさいち。
その先生が言われたように、例えば合楽教会が没落するのは、もういうならば時間の問題だと、そういう所にお前はそのお参りをしてというてたい、まぁ悪言雑言言われたということだけれども、私は神様がその人の口を借りて、語っておって下さるんだと頂きました。昨日は恐らく兄弟が集まって話し合った事でしょう。昨日はもう昨日から、また八百いや九百に近いお届けがあっとります。もう打てば響くようです。私はあのう今日ここで言う比礼とは、そういうことだと思うんです。
間違ったら間違ったで徹底はっきりしてくる、だから神様はその気にならして頂いたらこの気でいけば、ならたとえ私が死んでも合楽の教会はもういよいよ、合楽理念に基づいてのいわゆる日勝り、月勝り、年勝り、代勝りのおかげを頂けるというものを、その僅かばっかりの間に分からして頂いた感じが致します。だからそのどんなに比礼が輝いておっても、その比礼にあえれる心の状態が、皆さんの心の中にも生き生きとなからなければ、なら昨日私の息子四人達が、その生き生きとした心でもうとにかく。
親先生の後は私共が引き受けました。今日もお参拝に変わりありませんでした、お下がりもこうでしたと言えれるような。これは間違えちゃ出来んよ、四人の者がそれこそ毛利元就じゃないけれども、三人の子供を呼んでね三本の矢を持って、そしてこれを折ってみよと中々折れん、一本一本にすればぽりっと折れる、三人兄弟力を合わせよといった教訓があるということでございますけれども、わざわざ神様がおかげを頂かせて下さる事のために、士農工商とまで言うて下さって。
その四人の子供がおっても四人がバラバラで、親方がそれじゃ出来んで、弟がそれじゃ出来んで、と言った様な尻比べ的なものどもしよったら、そう言う事になって来るんですはっきりしてるんです。一日の言うならばここでのお初穂が、十何万何て事も本当に初めてです。それが言うならばなら昨日から皆んなが心をいうなら入れ替えて、本気にその事に取り組んだ。途端にやはり元に戻るいうならご参拝やら、又はお供えがある様になった。これが私は打てば響くと言う様なというのは、こう言う事だと思うんです。
もういよいよ身体ももうとにかくあの、風邪は万病の元というが本当ですよ。もうどこもここもが悪い感じなんですね。もうあんまりせくからでしょうね、耳まで耳まで痛くなって来た。昨日こそ私はとにかくここでお届けをされて、先生私の返事を求められる御届けがあったらもう、ものが言えんものが言ったら咳が出るから。だからいつまでもここで頭さげてござる人があるから、私これでかっちといわすんですたい。すとほっと思うちから下がって行きなさるものが言われんとじゃけん。
ここでですねいつまっでん頭を下げてから、こうしとっとよかつのごとあるばってんいかんです。もう取次ぎ者を責めるごた感じですあれは。お届けをしたらすきっとして、こう下がっていいです。それにまた何べんか返事せにゃ立たんという人がありますもんねここに。あれ本当にあの取次者泣かせです。しまいにゃ私これでかちんといわせにゃんごとなる。もうとにかくあのうお見舞いも有り難いけどもね、もうお見舞いは下ん方でもらってから、もう上がって来る事はやめちくれち面会謝絶と書いてくれと。
昨日ほど面会謝絶のあれを、あの紙札を下げさせて頂いた。夕べは昨日は二十五日の研修会、研修会も出られれませんでしたから、文男先生がいつもおかげ頂いとります。ほいで済んでからあぁ一緒に、あの上がってきてましたけどもう、ものが第一言われませんし食事の時間ですから、一緒に食事を終わってすぐ休ませてまぁ頂いたんです。先生明日正義先生とこの結婚式ですがどげんしなさるですかち、もう返事もされんとです。
それから私はこれも思いました。正義先生が私はもうあの信者さんの所には、結婚式呼ばれますけども、行ったら却って迷惑すると思いますから、またあのうそれに一々行きよったら大変だと思うから、もう絶対行かん事に決めとりますから、あもうそれはどうでもとこういう訳です。そしてまぁ祝辞を一言述べて頂きたいとこう、毎日その事の御届けがあるばってん、毎日お届けがあるばってんこればっかりは私が、もうこりゃ神様のご都合じゃろうこげん咳がでよるけん、もう正義さんも諦めるじゃろうと思ったら。
昨日はまた改まってお届けがあったんです。それでも今言う夕べ、夕方文男さんが来て食事を一緒にするまではどうにも出来ませんでした。それでなんかの切っ掛けからでしたが、何か気分が良くなってですねお風呂に入ってみろかち、昨日二十日ぶりにお風呂に入りました。そして上がってから文男さんが綺麗にこう髭もそってくれました。これならこりゃ明日おかげ頂かれるばいち。もうそれこそ初めての最後という、私が信者さんのうちの結婚式に、ま出るとするならば出る事になるでしょうけれども。
これなんかもだから打てば響くようなものです。願いというてもねやはり改まった願いでなからなきゃいけん事が分かりますね。もう昨日本当に夕方まで悪かったんです。もうあのまぁ介抱して下さるのは、久富先生と久富繁雄さんでしたけれども、もう夜昼なしに交代でしたずうっと。と言う様に私はひどい、今度は風邪のおかげを頂きましたが、おかげを頂きましてね、今言う若先生との昨日の対話の、そう言う様な働きまでなって参りました。なるほど本当に笑い話のごとあるです。
合楽がもうつぶれるのは時間の問題だと、その先生はお徳があると私は思いましたよね。潰れ掛って行きよるお初穂が十万台になった、お参りは五百人台になった。と言う様に減っていっとるです。本当にこの調子で行きゃもう時間の問題だと。その先生はお徳者じゃろうと私は思いました。そしてその方はいうならその人の口と借って、神様がね神語りして下さったんだと、こりゃ勝彦さんあんたどんがねいかに士農工商だと言うて、のんべんだらりとした事じゃでけんばい。
本当に私がここでもし御用がでけんなら、四人の者がそこに四つの力を合わして、親一人分の親の力を頂いていかなければ、本当にその先生が言われる様な結果になるよと申しまして、まぁそれこそ打てば響くようにそこんところを改めて参りましたら、もう昨日からまたそういう働きがおかげが起こっておる。それはいうならばその教会の御比礼です。だから御比礼ということは、打てば響くという程しの事、けども打てば響く程しの、働きの頂けれる教会にご縁を頂いておっても。
ただのんべんだらりと毎日参りよりますと言う様な事ではね、いつまっでんここで私の前で御祈念しとりゃ、もうそれで念入れたごたる風な思い方の信心じゃなくて、本気で私共がね、あのうそれこそ打てば響くようなお取次ぎを願えて、また信心修行もそういう信心修行が、出来る様なおかげを頂いてもらいたい。おかげで面回謝絶も昨日一日で、今日はもう剥いでよかりそうです。
まいうなら正義先生がおかげ頂いとるとも感じます。一生懸命願うて下さった。けどもその間の間に、ならいろいろと分からして頂いたこと、こりゃもう合楽教会として一番大切な大変な事をです、はっきりもう数字に現しながら、神様がそれを見せて下さった。昨日たまたまその話を聞いた、そして昨日がもう最低落ちるとこまで落ちた、と言った様な教会の状態をです。
ほっと気づかせて頂いて、四人の子供がいよいよ士農工商としてのです、それぞれの力分担を本当責任と申しましょうかね、いよいよ力を頂いてお取次ぎそして人が助かると言った様な事はね。ゼスチャーとか又はその要領とか、と言った様な事で人が助かるのじゃない。もうしら真剣な力がそこに、いわゆるなからなければ比礼が立たん。教典の中に比礼ということについては神の威とあります。
威嚇の威ですよね神の威、ちょうどお魚が泳いでいく時に、ひれをぴっぴっぴっとこう動かしながら泳いでいく、その事を比礼というのです。私は今日は神の比礼ということを打てば響く、と言う風に聞いて頂きました。皆さんの上にも打てば響く程のおかげを、頂かなければならない事が一杯あるでしょうが。そこにはもう一つお互いの信心をね、改めて内容を改めて本気での、いうなら打てば響くようなおかげの世界にも住みたいそう思います。
どうぞ。
追伸。しばらくぶりに昨日、ビリグイから末永先生とそれから公子さん二人から、それこそ長い長い手紙が参りました。昨日文男さんがそれを読んでくれましたけれども、けどもほんにあの手紙を読ませて頂いておるうちに、元気が出て来たように思うんです。もうそれはこそ凄まじい働きが起こっております。今度金光教合楽南米支部という看板が掲げられたということも書いてございました。その看板を作りに行った時にお前は何者かと言われて、お前はない者かちゅうたら。
おれはここの市会議員だとこう言う、自分は教会のこうこうだと言ったら、そういう素晴らしい宗教なら、今度会議にかけてその土地を提供する事を市長に、あの言うからあの書類を出せと言った様な話が起こっておる。隣の市の市長さんがおかげを頂いて参って来ておる。ビリグイ市の市長さんが、参拝をしてある事のお伺いに見えて、そしてまぁ英語とブラジル語とのちゃんぽんちゃんぽんにしてお話をして、もうわからにゃんとこはわかっとただろうと言う風に。
あのその後のおかげに感じたと言った様な事が書いてございましたが、最近つい二、三ヶ月前でした、もうとにかくお参りはまぁぼちぼちあってきたけれども、お供えする道を、皆が南米では知らんからというて、まぁいうならばまぁ困った問題としてあのうお届けがあっとりました。そいで私が言うてやりました。もう南米の金光教は、お供えせんでん助かる、というごたるとを看板にしろと私はいうてやりました。
あの例えば竜安寺の石庭のように、それこそそのこけがちょこっとばっかりあるだけで、木一本泉水一つなかろうが庭だと言うのに。それであれだけの世界的有名な庭になっているじゃないかとね。もう南米の金光様はお供えせんでんどんどん人が助かる、と言う様な積りでおかげを頂けって、言い出した途端からお供えが多なって、今度お供えを必ず建築費合楽建設とお初穂を送って来るです。それがあのう私はなんとも言うてやらんもんですから、送りよるお初穂はつきよるじゃろうかと言う様な事も書いちゃった。
大体手紙の中に封筒を入れてあるのは違反だそうです、だから今度はあのう住友銀行の口座のあれをま、知らせてくれとそして信者が最近とみにお初穂を多くなったので、信者一同が驚いております。ということが書き添えてございます。合楽理念に基づくということはそんなに素晴らしいことなんです。生き生きとそれこそ打てば響くようでしょうが。お供えをせんお供えをする道を知らん、それがまぁ困るという。
だからその困るということその事を看板にせろという生き方なんですお道の信心は。難儀というその難儀を境に、はぁこりゃまたこれでお徳が受けられるという生き方なんです。はぁこの難儀から早う逃れたい逃れたいと言った様な信心が、どれだけ続いたっちゃその打てば響くようなおかげにゃならんですよ。どうぞ打てば響くというもうことも、その今度いつか暇な時に、もうとにかく長い長い夫婦のものの二通きとります、家内宛と若先生宛に。一辺聞いて下さい。
どうぞ。